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update/20150126
消息/古文書/史料文献/記録類 etc.



臨済祖師方筆跡
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P1070135
臨済宗/ 前 妙心寺玉庭・喝 / 喝ニ云:這箇若謂生者四大假合/若謂死者本有圓成旦道/畢意喚甚為生死終渉二/途則堕断常之抗 妙柯信女/即令會得而断除曠却無明/消滅六塵縁影去一超直入涅槃城/点開妙性円明月無位真人眼晴//喝一喝//前妙心玉庭叟 朱印//厚手檀紙/26.7×37.8cm虫有/ 一紙 30,000
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Gyokukan-P1070139
臨済/ 大徳寺玉閑宗玖・安名/ 大徳332世・玉閑宗玖/安名・宗三/延享三丙寅年臘月/開山宿忌了/前大徳玉閑宗玖書写//30.8×36.8cm虫有/ 一紙 40,000
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臨済/大徳寺祥山宗瑞・安名/他 大徳214世・祥山宗瑞/安名・宗尭/茶之書草稿ニ云:凡嗜茶丁扶桑秀吉公之世而利休宗易居士/其術尤精其名鳴天下世之好茶者無不慕居/士之風其孫云々以下略ス//貞享丙初夏書了遠陽寓居/野釈蘿月子□□/(大圓鏡智禅師、自号蘿月)/28×36cm虫有/ 二紙 70,000
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立往来慶長八年文書 /公文所代法橋祐○花押/ 二紙一通
血脈抄/紙背文書 /両面/一紙/血脈抄表題は貞純筆/能筆の紙背文書は筆者不詳/
長栄(一位)書状 /一通 /六月十九日付/西房法橋様、中西木工助殿 両宛/江戸中期頃/
西野左近消息 /一通 /日野大納言内・西野左近慶継書/花押入/七月五日付
東園基雅(基長)文書/滋野井前中納言宛・五月三日付/一通
廿一日付書状 /筆意文面から〔書札例〕と推測/一通
不動尊決定往生即身成仏印明奉書(写)/一通/大永五年・権少僧都亮恵書/(写)
流通文書/初期・両替文書/ 亀甲屋町忠右衛門消息/宮内様宛/初期両替資料/灰吹き銀・・/一通
別当大納言法印書状(写) /十月十六日付/一通 /東寺関連文書か/
不動講引付(留書)/慶長十九(1614)直筆案文/一通
醍醐勝賢云々記録切/一紙 / 詳細不明/足利ー江戸初期頃筆/小虫と欠損あり/
東寺文書/皆明寺依東寺宛文書/一通 /(東寺文書)東寺衆○○房宛/六月十五日付/仁和寺塔頭か
鎌倉文書/ 文保二年注進状 ほか 古文書・・・三通
流通文書/問職沽却状/ 永正十年・淀川筋問職売券 /西1573年/  一幅
古文書/ 中院通茂消息 /四月二十三日付/慈尊院大僧正御房 宛/ 一通
古文書/ 後嵯峨上皇院宣 (写本)/文永三年/那智山領/ 一幅/    Sold out
古文書/ 中御門天皇消息 (写本)/正徳六年/この度は/ 一幅/     Sold out


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慶長8年文書/ 立往来慶長八年拾弐月十二日文書 /公文所代法橋祐○花押/ 二紙一通
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本紙寸法29.2cm×39.8cm×2枚(を糊つぎ)一通/虫損有り/下図・表裏四面写真/出所と本文内容は未詳  


表 2 紙目

表 1 紙目

うら面 2 紙目

うら面 1 紙目


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血脈抄/紙背文書

紙背


原寸

原寸
1-060404-kechimyaku-sihai-P1050317 血脈抄/紙背文書/〔血脈抄表紙部分のみ〕 一枚 
血脈抄(表題)貞純筆・左に細字三行書込み有。/能筆の紙背文書は二紙一通の前文か不完・筆者不詳。
本紙中央に切断有り/室町頃/24.5×40.5cm


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長栄(一位)書状
1-060407-cyouei-P1050323.4 長栄(一位)書状/一通 
六月十九日付/西房法橋様、中西木工助殿 宛/江戸中期頃/33.0×43.7cm



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西野左近消息
1-060408-nisinoyositugu-P1050325 西野左近消息/一通  
日野大納言内・西野左近慶継・能筆書/花押入/七月五日付/弥一宛/37.6×40.1cm



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東園基雅(基長)文書
1-60409-motonaga-P1050328 東園基雅(基長)文書/滋野井前中納言宛・五月三日付/一通 
基量男、正二位権大納言、元名基茂 又 元長、享保13年6月11日寂 五十四歳/奉書/32.7×46.4cm



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廿一日付書状
1-060410-syosaturei-P1050329 廿一日付書状/筆意文面から〔書札例〕と推測/一通 
料紙は大判厚手の大高檀紙/江戸中期頃/33.5×45.4cm



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不動尊決定往生即身成仏印明 奉書(写)
1-060410-hudoson-P1050330
不動尊決定往生即身成仏印明 奉書(写)/一通
大永五年・権少僧都亮恵書/江戸初期頃までの写本と推測。

正本の時代(大永五/1525)を余り降らない写本であろうかと筆意
と料紙で推察し、同様に 臨写ではなく複写であろうと察せられる
様子を筆跡と紙質に見受けます。本紙29.4×44.6cm
(上載画像の下半分を天地逆転して掲載)



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流通文書/初期両替文書/ 亀甲や忠右衛門消息
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初期両替文書/ 亀甲や忠右衛門消息/
江戸初期/宮内様宛/十二月十二日付/一通

初期両替関係資料文書/両替商○○こうや忠右門(忠右衛門)が丁銀灰吹き銀小粒などを宮内様の家人吉介から書状と共に受取り、その量目を主の宮内様宛につぶさに返信した消息/少虫有/ 本紙30.1×43.0cm 【はいふき】・・灰吹き銀、銀地金、のべ銀。灰吹き法:鉛に金銀の鉱石を溶かし込み、炉で溶解しての底に詰めた灰に鉛を吸収させ金銀を取り出す精錬方法。 【両かへ町】・・両替町は各地にあるが、これは両替商が軒を並べていた京の町名。 【忠右門】・・(亀甲屋町)忠右衛門と判読。
○軽便読下しをご参考に・・・ (端裏書: 封〆 宮内様人々御中 ○○こうや 忠右門)
御捻被下忝存候吉介様御出ニ付/両かへ町へ人を付進上申候早判/御ねんノ入○申候て○申候/一、丁銀百九十一匁二分小粒(数)十一/一、同十二匁九分小粒九つ小はいふき〔銀)御座候/大○○○三分御入ル/二口弐百四匁一分両かへ方へ御渡し申候/此かたに早判十三/○早壱つニ付十五匁七分ニ候さらは候て御座候/(昨夕)はいふき六きれ吉介様御うけ取候て/御出候爰元御用の頼も○御申付/可被成候 恐惶謹言/十二月十二日 忠右門・花押(誤読ご容赦)・・・【御捻】おんひねり は手紙、消息のこと。【爰元】ここもと。【○○こうや忠右門】端裏の署名は亀甲屋と推察、両替町は今〔両替町通〕と路の名前になっているが亀甲屋町は現存しどちらも程近い京の中心地。文中に江戸中期以後には見られない語句がある数少ない初期流通資料文書。


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別当大納言法印書状(写)
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別当大納言法印書状(写)
/十月十六日付/一通
江戸前期/東寺関連文書か/大高檀紙/ 本紙39.2×53.4cm

大和国久米之・・・法務御気色之所御(虫)仍執啓如件/別当大納言法印十月十六日在判 トアリ/(下段)江戸四ケ寺古儀五ケ寺 右勧門主より○出候案予依所望書之了 承暦三(1079)年十月十三日/(一紙中に内容が異なる2通分の写しが在るようです。承暦と読めば藤原末、承応三(1654)の写し違いなら江戸期。/(端裏に下手字で書付一行有り次の通り:記録、東寺定額領極官拝任之時他出首超越之例 長者
(下半分を切り返して表示)



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不動講引付(留書)
1-060413-hudouko-P1050334 不動講引付(留書)/慶長十九(1614)直筆案文/一通 
(内容)慶長十九年甲寅三月十六日不動講引付/良玉法印権大僧都/円親〃/祐玄〃/暹公権大僧都/弘雄〃/親祐
権少僧都/奉修不動供各 三座宛/奉読誦法華四要品一部/同音観音経 一巻/尊勝陀羅尼 三遍/慈枚咒 廿一返/
本紙(少破有)
33.8×50.1cm 



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醍醐勝賢云々記録切
1-060413-syokenkiroku-P1050335 醍醐勝賢云々記録切/一紙 
詳細不明/足利ー江戸初期頃筆/小虫と欠損あり/25.5×33.8cm



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東寺文書/ 皆明寺依東寺宛文書




1-60413-kaimyoji-P1050336
東寺文書/ 皆明寺依東寺宛文書 /
               一通
 
東寺文書) 東寺衆○○房宛/筆者未詳・能筆消息/
六月十五日付/本紙に汚れ穴有るも元姿まゝ裏打無/
文書の紙質は、秀吉頃の上質厚手な奉書立ちの楮紙
本紙寸法 29.6×46.7cm

皆明寺は仁和寺の支院塔頭か。東寺と仁和寺・関係
の一端も見られるが、時代は秀吉が全宗あつめて毎
月大仏供養を行っていた頃か。秀吉が供養の取仕切
りを任じたのは大仏が属する妙法院、ではなく東寺。
  (調べは未だ詳細に至らず)

・・・大仏御/斎我等之装束之/儀被仰
候俄之事/以候間不及是非/於当月者
相心得/申候恐々謹言・・・

御斎:おんとき)(宛先・東寺○願御房)





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1-mon-0601-P1030090-bunpo2y
文保二年注進状(前文欠)案文断巻
/所々欠損・虫損有/二紙一通  
文保二(西1318・鎌倉末期)の年号入。朱書で加筆訂正された内容などから写本より案文であろうと推せられます。良質厚手の楮紙を継いだのちに書いてあります。料紙の一枚の長さは52cm継ぎ目の位置は、朱筆で治承記云々と書かれたあたり。前文には大きく欠損が有り元々二紙なのかは決められませんが、後紙の左端には糊跡が無く巻物姿であった様な痕跡無し。出所不詳乍ら諸事を考慮すると醍醐家の可能性が有ります。案文であるなら文保二年の書、例え写しであってもそれに近い年代のはずです。

(上は部分拡大)


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1-mon-0601-P1030088-kamakura1220
鎌倉時代紙背文書(筆者不明)/二紙一通
【 大画像 】
十二月廿日付。表:消息,自印円法印之許只今以若狭存為申送候云々。裏:反古(消息裏)の白紙を帖綴じして仏書を記録したもの。表も紙背も未だ何も判っていません。四枚の紙を元の二紙に戻していますが、虫損や欠損で不明な部分については写真でご確認か又は、mailでお問合せください。書中の名前は印円法印、仁忠殿、円真○殿など。花押(草名)は未読。
1-20050818-ShihaiMonjyoKamakura-photo.htm
紙背文書/鎌倉(不詳)文書/消息:記録/一通      
表:五月八日付草名消息。裏:記録書(消息の紙背に記録して)折帖にしたと推せる痕跡あり。(反古の消息裏に記録を書いた時は、消息は紙背文書であり「裏の消息」というべきかも)。文書の両袖に後年の付箋(紙背記録の註)あり。本紙の傷み補修状況は大写真の現状通り。傷みの補修は消息を主体として最小限の補修を施し、読める繕いにとどめています。簡単な消息読み/記録書読みご参照



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流通文書/問職沽却状/ 永正十年・淀川筋問職売券 / 西暦1573 /一幅   399,600

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御八幡宮山上山下同淀はし(橋)京者(は)/ 壱条毛登里はし(一条戻橋)満て之/
登井也(問屋)之事/永代売渡申//右件登い志き(問職)は星野新左衛門尉/代々
相てん(相伝)多里といえとも仍有/要用直銭奏貫文仁水乗(垂)大郎衛門/方へ売
渡申候処実正明白也但筆/介者小佐々平左衛門方と相登い(相問)也/仍為後日
売巻(券)書文如件/ /永正10年壬酉10月27日  星野新左衛門尉正久・花押



能筆ではなく誤字や当て字の多い書面を一見したところ〔写し文書〕の感をうけますが詳細に筆意文脈内容、紙質や時代をかんがみて、永正十年の正本と確信した流通関連重要初期史料。

【問・問職・問丸】 とい、といしき、といまる ・・平安初期におこり京都周辺の〔淀など〕の港で各地の荘園から送られてくる年貢米を陸揚げする役を担った集団が、鎌倉、室町に至っては組織が多岐に発達し、独立した業者になって各地に問屋商業が生まれ、後の楽市楽座がその活動を自由にさせて現代の問屋の基礎となった。 各地の津々浦々で発達した組織 【問丸】の『丸』の字が、何々丸という船名に深い関連があるそうです・・・。

【表具】は泥紙表装です。江戸後期の京仕立て表具は文書の内容に似合わぬ粋な取り合せの茶掛風な紙表装で、質素ながらも色、紙、寸法ともに都のセンスを感じさせますが、この表装は既に二度目の仕立て直しの跡がみられます。最初の表装時の古い折れが本紙に有り、文字の一部が擦れています。 そのほかには表具上部に多数虫穴が有ります御承知下さい。以上



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古文書/ 中院通茂消息 /四月二十三日付/慈尊院大僧正御房宛/屏風マクリ/ 一通 86400
1000/ 20040202NakanoinMitimoti (汚れ有)

 
本紙汚れ小虫有、寸法 h15.1×w42.7cm    クリック→大画像■

【中院通茂】なかのいんみちもち略歴
通純の男、 一字名 水 老 内大臣従一位、宝永七年三月二十一日没 八十歳、
号 渓雲院、歌道を始めとし有職、筆道、音楽等に深く 弟 定基等(野宮定基参照)
と共に道を熊沢蕃山に学んで賢人君子と称せらる、蕃山門堂上四天王ともいふべき
である、儒者 三輪執斎梅月堂 宣阿等は通茂について歌道を学ぶといふ。
(公家辞典)
   (中院)  ・・・通勝・・・通村・・・通純・・・通茂・・・通躬・・・



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古文書/ 後嵯峨上皇院宣 /写本/文永三年/那智山領冨田安宅周参見三箇村・・・/ 一幅
1000-20030223P126gosagaInzen_AbckL Sold out




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古文書/ 中御門天皇消息 /写本 /正徳六年/将くん家より八十の宮の・・・/ 一幅
1000/ 20030223P126nakamikado_AbckL Sold out



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